2017年12月24日日曜日

海その2

葉山、逗子方面へ行った。秋口は人が多くてどうにもならないところだけど、さすがにここまで寒くなると空いている。いや、年末の大掃除とかで遊んでいる人なんて少数なのかもしれないけど。

海沿いの風景はいいものだ。いや、海がなくても地平線が見えたらいいのかもしれないけど。インスタ映えという言葉は大嫌いなのだけど、やはりダイナミックなカラーというのは人を魅了する。
 なんだか印象派っぽい映り方になった。バイクは黒いから全く目立たない。
 ミラーに映る空は青。その反対はオレンジ。大気という名のレンズが分解する太陽の色。休みに入ったらまた海に行こう。


海その1

寒さで身体が硬くなっていること、山沿いのワインディング
の凍結リスクと融雪剤が嫌で、海沿いばかり走っている。
おとなしい乗り方ならそんなに怖がる必要はないのだろうけど、安全第一。

山沿いはコーナーをうまく旋回する楽しみがメインなので、どうしてもスポーツ的な考えになってしまう。
海沿いだと飛ばせないから「ゆっくり楽しく」走ることを見つけることに専念することになる。これはこれで楽しいものだ。
 雲がフィルターになって、随分とダイナミックな空。こういう風景は街では見ることはできない。バイクに乗っていなかったらこういう風景を知ることもなかったのだと思う。
Ninjaはこういう風景に実に合う。ツアラー万歳。

2017年11月19日日曜日

刷り込み

先週セブンイレブンで買ってしまった。見た瞬間に食べたいと思ってしまった。謎肉祭というのは余計なワードなのだけど、でも、まあこれをたっぷり味わいたいと思ったのだ。
(画像は日清さまHPより拝借)
カップヌードルを好きになったのは、四谷大塚進学教室の「日曜教室」に通っていたからだ。上智大学の校舎を借りて午前中はみっちり国語と算数のテスト(社会と理科もあったようななかったような。40年近く前ことだから記憶も曖昧になる)、午後はその設題趣旨の説明と解答があったと記憶している。テスト終了後にはお昼休みがあって、この時間を使ってカップヌードルを食べていたと思う。
当時から一人で過ごすのが好きだったので、上智大学の校舎下のピロティに置いてあったカップヌードルの自販機でしょうゆ味を買い、これまた自販機のお湯を注いで、近くのベンチで本を読みながら食べるのが日曜日の楽しみだった。
カップヌードルのスープは薬臭いような、でもスパイシーなとても不思議な味だった。ちょっと油の浮いたスープに四角い肉。これがほろほろととても美味しかった。

次にカップヌードルブームになったのは大学3年生の時にやった住宅展示場のアルバイトだった。当時(かなり中途半端な決心ではあったが)弁護士を目指していたので、勉強しながらできるアルバイトはないものかとアルバイトニュースをめくっていたら発見したのがこのアルバイトだった。夜間無人になる住宅公園での防犯パトロール。1時間ごとの見回り。考えようによっては非常にリスクのあるアルバイトだが、当時は今よりも物騒な世の中ではなかったということだ。
17時に展示場の管理会社事務所に入って社員から引き継ぎを受け、翌朝9時まで。日給は5500円だったかな?3人体制で二人が常に起きていて、一人は仮眠。そんな感じだった。
もう名前も忘れてしまったけど、ここに面倒見の良い先輩がいて、いろんな話をしながらすするカップヌードルが美味しかった。お弁当にプラスしてカップヌードルだった記憶もある。自分で持ち込んだのか、それとも事務所にストックがあったのか忘れてしまったけど。あんまり楽しい記憶がない人生だけど、このアルバイトは楽しかった。これは記憶していることを記録しておいた方がいいような気がしてきた。未来の自分への慰めとして残しておこう。今日はこの記憶を呼び起こしながらベッドに入ろう。

2017年11月5日日曜日

デザインは誰のものか

グッドデザインアワード2017を見てきた。

制度的なところも背景を知っているので、例えば国内大手家電メーカーやらジェネリック家電メーカーのマーケティング的な色合い、それに格付け効果を狙っての不動産業界、設計士の思惑がチラチラ透けて見えた。このチラチラをカットするためのフィルターを通して心の目で見てきたけど、やはり「問題解決型」のデザインでないと心に響いてこない。

問題解決型のデザインはシンプルだ。なぜなら、問題として表出した現象に対してのアプローチではなくて原因に対するアプローチだから。
この原因も色々あるけど、人に関わる問題でいうなら身体性と認知への対応=格好良くいえばヒューマンインタフェースを軽視している、あるいは認識していないということがあげられるだろう。この観点からの発明品には面白いものが多かったですね。

上段で「人に関わる問題で」と書いたけど、これも今回のグッドデザインアワードで一覧したからわかったことを強調したかったから。人と人、人と環境についてのデザインはあったけど、人以外の生き物(植物含む)に対してのデザインがないということに気づいた。厳密にいえば植物に対してのデザインはあったけど、これも人間のポジションからのアプローチで、植物オリエンテッドなデザインではなかった。素晴らしい発明だったけどね。
犬のためのデザインとかスズメのためのデザインとかがあったら面白いと思うのだ。このデザインが人が少し我慢を強いられるものであったらもっといいだろう。人の視点を広げるために敢えて人に少し不便にする。これで人間が世界との関わりを見つめ直すことになるんじゃないかと思うのだ。

2017年11月4日土曜日

初お汁粉

超ショートツーリングに行った。宮ヶ瀬往復。それにしてもGSX-S1000Fの写真写りは悪いですなあ。

空気が綺麗で気持ち良い。暖かかったのでメッシュジャケットにインナーをつけてちょうど。宮ヶ瀬付近で20度を下回るくらい。太陽が顔を出すと露骨に暖かいのがわかる。こういう日はバイクを降りて背中に陽を浴び流のが実に心地よい。

木々も冬支度開始というところか。外側の葉から色づいていくというのを発見しましたよ。
寒い日のライドの休憩はホットお汁粉がいい。お茶やコーヒーより疲れが取れる気がするし、何よりトイレが近くならないのがいい。
お汁粉はニッチマーケットなのかな。伊藤園、ダイドー、サンガリアくらいしか見たことがない。それぞれ個性的で伊藤園はちょっと粘りがあるような感じ。粒がホクホクしている。ダイドーはさっぱりして甘さ控えめ。粒がちょっと硬め。サンガリアは甘さ協調という感じか。今日はダイドーでした。
明後日はもう少し早い時間に出て、少し距離を走ろう。

2017年11月2日木曜日

知ってるようで知らんのですよ。

今日から取り掛かったモチーフ。ヤマハの空冷横型単気筒エンジン。メイトに積まれていたものだと思う・・・・いや、絵に描くのが難しいこと。2時間15分格闘してここまで。
描き始めはなんとかなると思っていた。シリンダー、クランク、メインシャフト、カウンターシャフトの三軸の構造とその配置もわかっている。シリンダーの大きさも検討がつく。補機類はさほど詳しくはないが、おおよそは仕組みを理解している。
でも描けない。シリンダーの大きさがわかっていてもクランクの太さとか口径は知らない。カウンターシャフトの歯数も知らない。大きさだってわからない。要は、言葉だけ知ってわかったつもりになっていたということだ。エンジンブロックだって外壁の厚さを知っているわけではない。質感とか重量感の根拠を知らないのだから、描けっこないのだ。

絵の出来不出来とは別として、こういう「わかったつもりを補正する」ことが狙いでレッスンに通っているので、その限りにおいてはとても満足だ。

この「わかったつもり」は恐らく万人に適用可能だ。偉そうにテレビで喋ったり講演している輩には絵を描かせて本物かどうかを確かめることができるだろう。
AIの時代とか尤もらしい顔で喋っていてもプログラムの読み書きができないなんでザラだろう。自動運転などといってもハンドルからハブまでの構造を描ける人はほとんどいないだろう。絵を描かせることはリテラシーの踏み絵になると思うのだ。

話を戻して。これは完成までにあと10時間はかかりそうだ。これからの作業。
・全体の形(シルエット)の補正
・シリンダーとシリンダーフィンの大まかな造形
・補機類の形を大まかにおく。
・固有色で1度目の塗り込み
・立体感の確認
・2度目の塗り込みと消し込み
・補機類の書き込み

「味のあるエンジンの絵」ではなくて、デザイナーが本気で描いた絵まで持っていこう。

2017年11月1日水曜日

スズキの毒

スズキのバイクのデザインが昔から好きだ。車は文句なしのセンスなのだが、バイクの方はちょっと毒がある。デザイナーの癖というのではなく、人の心が引っかかるところをうまく作り込んでくるというか。今回のモーターショーで発表されたGSX-R125。
ライトカバーの形にご注目。LEDバルブでリフレクターを使っているからレンズカットは本来は不要。並みのデザイナーなら、ここは逆スラントですとんと落とすか、あるはスラントで前に伸ばし、ポジションランプを前にせり出させると思うのだ。
ところがこのデザイン。球面に仕上げてきてる。これは隼にも通じるところがある。メーカーホームページから拝借。ライトが球体デザインになっているのがわかるだろうか。
このちょっと生物を感じさせるような曲線がスズキの最大の魅力だと思うのだが、受け入れられない人もまた多いのだと思う。ハマる人はハマる。そんな感じ。正反対はカワサキかな。わかりやすいデザインですね。随分前のエントリーでも書いたけど、確かにNinjaに乗ってると送迎バスの幼稚園生はずっと手を振ってくれる。GSX-S1000Fは見向きもされない。
GSX-S1000Fのライトもこんな球体ではないけど随分丸みを帯びている。実車で見ると本当に惚れ惚れするくらい格好いいのだ。
リフレクターのカットとその下のLEDポジションランプと相まって、本当に独特の表情。
スズキのデザイナー様。この路線のまま突っ走ってくださいね。バイクは買う人に愛されればいいのです。外野には耳を貸さないでくださいね。

2017年10月31日火曜日

昔は見えなかったもの

健康維持+交通費削減のため、オフィスに戻る際に神保町から飯田橋まで歩いた。
今日みたいな寒いくらいの夜に街を歩くのは楽しい。昼間は目立たないお店や建物が急に生き生きと輝いて見えたりする。神保町駅をすぎたあたりで発見したのがこれ。
この色合い。このフォントの素敵さ。そして文字の配列の絶妙さ。もうデザイナー氏に平伏したいくらい。

学生時代を過ごしたお茶の水、神保町だが、本屋さんと吉野家、それにすずらん通りのパチンコ屋くらいしか入ったことがない。お酒を一滴も飲めないという体質と、そもそも人付き合いが苦手だったのでコミュニケーションをひたすら避けていたせいだ。
人がいるところが苦手ということは、人通りが多いところは避けるわけで、こんな素敵なお店も目に入らなかったのだろう。

外からちらりとみた感じでは静かそうなお店だった。グループで食べてる人もいなさそうだったし、閉店間近に行ってみよう。今週の楽しみが一つできた。

BACH90%

さらに60分足したり引いたり。90%くらいの完成度か。彩度を調整して、エッジが立ちすぎているところを馴染ませて完成としよう。
正直、あまり似ていない。パーツのそれぞれを似せようとしたら全体ではあまり似ないという、初心者丸出しのデッサンになってしまった。まあ、これも記録ということで。少し後からみて恥ずかしい思いをするくらいになっていないとね。
バッハさん、ちょとブ男にしてしまいました。次回描くことがあればイケメンにします。許してくださいね。

2017年10月29日日曜日

美しさの法則?

この時期に2週連続の台風というのも珍しいのだけど、今年の土日の雨のまあ多いこと。昨年はこの時期はとても気持ちの良い週末ばかりで、ほとんど毎週末に道志みち経由で山中湖や富士山に行っていた。去年のちょうど今頃の写真。
真夏の太陽を失った雑草が黄色く枯れ始め、雲も薄くなり、空は高く。空気の涼しさがお分かりになるでしょうか。

この写真のアングルには理由がある。
NInja400のタンクは容量確保のためだろうけど、上に盛り上がった形になっている。
ハンドルが高めのネイキッドやツアラーはタンクが下の方にあると体が剥き出し感が強くて爽快感はあるけどちょっと不安な感じにもなる。それと、ハンドルとタンクの高さの差があるとスポーツバイクじゃなくて実用車みたいに見えてしまう。この2つが盛り上げタンクにした理由なのだろうと思う。デザイン的にはいい感じに見えるし、乗ってる時もバイクらしからぬ包まれ感というか、コックピット感があってとても安心感がある。

理由が長くなった。このアングル。タンクの形と富士山に類似性を見いだすことはできないだろうか?多分、上述の理由をカタチにする時、「美しく見えるデザイン」としたら結果的に富士山のようになったのだろう。日本人にはお馴染みの富士山だが、異国の人から見たらどうなのだろうか。

BACH75%

昨晩から2時間ちょっと費やして、なんとかそれなりに見れるようになったと思う。まだ細かい仕事は残っているけど。
写真にすると本の角度が少し手前に傾いているように見えるけど、これは実物ではOK。iPhoneのカメラはたまに不思議な写り方をすることがある。

本題に戻して。大きな仕事=パースを整える・明暗を分ける・モチーフを整えるということをやりつつも、細かい仕事=モチーフの凸凹とか表情を表現するというのを同時に進めるというのはなかなか難しい。先生でも石膏像は100枚描いて初めてそれらしくなったというから当然か。

今日学んだこと。
・顔は印象が強いからパーツをつい描き込んでしまうが、それはNG。
 まずは明暗(日向と影)を正確に描き込んでいく。そこでイメージがそもそも似て
 いなければ絶対に似ることはない。

・明暗というのは顔の筋肉によって作られている。表面=皮ではなく、表情筋。これ
 を描き写すことを意識しないと顔はいつまでたっても上手くならない。

・イメージが合ってきたな、というところでおもむろにパーツをちょこちょこ足して
 いく。一気には描かない。

今時点での絵での講評。
・頑張っているけど、筋肉が縒れている感じ。もっと真っ直ぐだったり綺麗な弧を
 描いているはず。鼻筋ももっとぱきっと真っ直ぐのはず。
 消しゴムで白を描くスキルがまだまだ。練り消しが難しければ、ゴム消しですっと
 消してみるのも手。

バッハさん。あと2時間で完成となりそうです。最初ということで少しの凸凹は許してくださいね。

2017年10月28日土曜日

BACH20%

白は練り消しで描く。足し算だけでなく引き算も。三歩進んで二歩下がる。15分に一回は下がって全体をみる。これは先生が口を酸っぱくして言うことだが、ようやくわかってきた気がする。
先日の15%進捗から20%くらいまできた気がする。まだ全体のバランスが取れてないから、ここから足し算引き算を重ねていくのだ。あとは自分のモチーフに対する思い入れも。デスマスクなので、筋肉が弛緩しているはず。頬のあたりをもう少し下に落とすようにシャドーを入れるとよりそれらしくなるのかもしれない。

モノをみるというのは、自分の経験情報というフィルターを通している。このフィルターが綺麗か、汚いか。粒度が荒いか細かいか。あるいはこれらが点なのか線なのか。線だとして線形にコントロールしているのか非線形にコントロールしているのか。これはその人の人生によって全然違うと思うのだ。これが極端だったり、幅が小さかったりすると偏見になるのだろう。
絵を描くというのは自分の偏見を正す作業でもあるのだ。
バッハさん、あと4時間と言ったけどやっぱり無理。あと8時間ほどお待ちください。

2017年10月27日金曜日

Yahoo vs Google

一昨日、秩父までツーリングに行った際のログ。

行きはYahooカーナビ、帰りはGoogleを使った。アルゴリズムや参照データが異なるだろうからルートが異なるのは当然なのだろうけど、結果からいうと行きのYahooはダメルートだった。
・多摩湖付近は冠水している道が多くて、バイクが恐ろしく汚れた。
・ルートがめちゃ混んでいた。

Yahooナビのアルゴリズムが悪い訳ではないだろう。要は、そのコンテキストによって最適なルートが変わるということ。今回で言えば、「台風の翌々日だった(結構な雨量だった)」「バイクだった」というのを考慮してルート設定されたらベストなわけだ。

世間ではAIがバズワード化してその万能感でみんな踊らされているけど、個人的にはAIが生活の快適性を支えるようになるまでにはあと20年はかかると思っている。「ご主人様」の居場所だけではダメで、どんな服を着ているか、さっき何を食べたか、終わった打ち合わせの成果はどうだったのか、奥さんの機嫌はよかったのか、今流れているBGMで気分は上がったか、今日は何時までに帰ればいいのか、明日の朝礼のネタをどうするか。これをAIが把握するにはウェアラブル端末くらいじゃダメで、いたるところに顔認識カメラがあって、行動を逐一分析しないとならないでしょうねえ。
まずはナビのルート設定最適化くらいから始めてはいかがでしょう、という話でした。

2017年10月26日木曜日

BACH15%

石膏のデスマスク。120分格闘してこれ。
まだ完成度は15%くらいか。明暗を最初につけるのが怖くて、パーツを置いて行ったらこんな風にイラストとデッサンの中間のようになってしまった。
鉛筆を足し引きしながら進めるというのはわかっているのだけど、こういうモデルになると途端に「おずおずと足す」ようになってしまう。
大胆さと繊細さをミックスして、「二歩半進んで二歩下がる」くらいのペースにしてみようと思う。
それと、「塗って」いるね、これは。線はいけないと思っていたけど「削り出したエッジ」を線にするのは間違いでないと習った。削り出された面取りを見つけるようなつもりで取り入れていこう。
バッハさん。あと4時間くらい足し引きしてきちんと仕上げるから待っていてね。

2017年10月24日火曜日

デザインしていないデザイン

都内の某駅。新宿からわずか十数分でこの景色。
吹きっさらしなのがいい。屋根を支える支柱とコンクリの柵だけ。壁面がないからケバケバしい、あるいは子供の落書きみたいな汚らしいイラストで構成されたポスターを見ないで済む。降りた瞬間に懐かしさより清々しさを感じたのはこのせいだろう。

「今っぽい」とか「ユニバーサル」とか「快適性」というのは記号であって、中にメカニズムが見えてこない。これら単語がコモンセンスであるかのように使われていて、これを考えることなく受け入れている人ばかりになったので、妙なデザインのものが世間に溢れているのだと思う。
「デザインしないデザイン」によって、手を加えさせない。この観点が必要だと思うのだ。

2017年10月23日月曜日

見えないものが見えている?

台風ですね。外に出るのも億劫、本を読むと頭が冴えて眠れないということで、デッサンをした。
キッチンにあった柿。内部に柔らかさを含んだ硬さと表面のツルツル感、そして微妙な丸みを帯びた箱のような形。シャシャッと線で描くと簡単なのだが、じっくり向き合いと結構難しい。90分ほどで仕上げたのがこれ。
全体の形はまずまず。少し歪みのある立方体の感じは出てる。エッジ部分の膨らみもこんなもの。ヘタの部分も下手なりにかけている(・・・・・・)
手前左下の光の回り込みが変なのだが、本当にこう見えるのだ。これを「絵っぽく」しちゃうかどうか。見えたものを無視する勇気が出ない。
手練れの上手というのは自分にうまく嘘をつけるということなのかもしれない。

2017年10月22日日曜日

雨、雨、台風、雨、台風

今年の土日は雨や台風が多いという印象。調べたわけではないですよ。個人的な印象。
週末バイクに乗ろう!という計画が何度頓挫したことか。自分的には7月の尾てい骨骨折が文字通り響いたので、乗れない悔しさも相半ばだったけど、健康なライダーは本当に無念だったろう。
乗れるコンディションの日でもスカッと晴れた日が少なかったと思う。出かけた先でバイクを写真に収めるのもバイク乗りにとっての愉しみの一つなのだが、今年は写真がとても少ない。見ていて気持ちがいいのはこれくらいかな?
寒くなる前、冬のどんよりとした空になる前に乗っておきたい。今週は遅い夏休みでもとるかな・・・

おめでとう。そして、ありがとう。

ホンダのスーパーカブが累計生産台数1億台を記録したそうだ。ホンダのバナーから拝借。おめでたいお話だし、ホンダさん、カブへのリスペクトからエントリーしてるので、どうか多めに見て欲しい。
59年前の初代でこの形。完成され尽くしているというか、モダンさすら感じる。今世の中で生きている人でこれを見たことがないという人はいないだろう。もはや存在時代がリスペクト。カブが街角から消えるというのは想像できない。他のものが消えるというのは想像できる。例えば、プリウスが消えるとしたら。クラウンが消えるとしたら。ああ、歴史の1ページが閉じられるのだな、くらいで済んでしまう。これらはその存在が人から離れすぎていて、愛嬌がないからなのではないか。もう少し人に寄り添うデザインができたら、世の中の人々の車への関心も高まると思うのだけど。あ、これはスズキがハスラーやラパンでやって大成功しているよね。

脱線。話をカブに戻して。
ツーリング先でもカブは本当によく見かける。よく見るのはキャンプツーリングの最中であろう若い人。無茶な走り方はせず、左車線の端っこキープで実に行儀よく、そして実に楽しそうに走っている。人の気持ちをカブが超えないから、こんな走り方ができるのだろう。こういう体験をしないままにあの世に行くのはちょっと残念だ。メカとしても興味がある。遠心自動クラッチとかロータリーシフトとかも体験したい。よく街中でエンジン回転合わせられなくて「ブイーーーーン!」とかエンジンが悲鳴をあげているのを見るが、ちゃんとアクセル煽って回転合わせしてスマートに乗りこなしてみたい。
それと、使い込んだ感を味わってみたい。多くのバイクは新車の時が一番格好良く見えて、あとは劣化してくだけ。SR400とかWシリーズとか、グラストラッカーとか、いい感じのレトロ、あるいはネオレトロは別だけど。
カブは使い込まれて、でもちゃんとメンテされてるよ、くらいの感じのを見るとぞくっとするくらい美しいのだ。リヤサスの取り付けボルトや荷台がうっすら曇ってる、あるいは少しサビが浮いているくらいでも全然みすぼらしくならない。Zippoのライター的な使い込まれた美しさを感じるのだ。

足腰が丈夫なうちに、そして社会環境が脱化石燃料が進まないうちにと考えると、この数年で乗っておかないとならないな。リトルカブのいい色が出たら買おう。ホンダさん、カブの未来のユーザーも楽しませてくださいね。

2017年10月19日木曜日

アイコンのチカラ

都内某所にて。おなじみのビタワン。全体の色合いといい、犬の表情といい、ロゴデザインといい、可愛らしさとセンスと会社の歴史を感じる素晴らしいデザインだと思う。
ビタワンがどういう販売制度を敷いているのか知らないけど、この巨大電飾看板はお店の名前が入っていた。単に名前だけでなくてキャッチフレーズまで入っているところを見ると、ビタワンの会社と販売店の強い繋がり(絆という言葉は嫌いなのであえて使わない)、あるいは販売店に対する協力姿勢が見える。他人事ながらなんだが嬉しくなる。

閑話休題。大昔の知り合いが大きな犬を飼っていて、この犬とは散歩したりドライブしたり、楽しかった。この犬は新聞に載ったこともある。新聞曰く、隣家の火事に気づいて吠えたために火事が延焼しないで済んだと。消防署長さんから大きなビタワンを贈られる写真が載っている・・・・その裏舞台はここでは書けないけど。

もう30年近く前のこんな記憶もビタワンのアイコンで呼び出される。アイコンは偉大だ。

2017年10月18日水曜日

無い物ねだり

奥多摩にて。この日は秋の訪れを感じさせるひんやりとした空気が気持ちよかった。
白いボディのバイクって白バイっぽく、あるいは未塗装のプラモデルっぽく見えるものがあるけど、GSR250はなかなかお洒落に見える。スズキのデザインはどこか捻ってるから、退屈に見えないのだろうと思う。
GSR250は好きなバイクだ。エンジン音がいい。メカニカルノイズが少なくて、精緻に回ってる感じがするのだ。NInjaやCBはシャラシャラした感じのノイズが混じるのだが、GSRは実にクリーンな音を奏でてくれる。
また、走っている時の姿が実に様になる。ライダーが引き立つというか。
それに、なんだか乗ってる人が実に楽しそうなのだ。スピードが大して出ないことを楽しむ余裕というか、バイク自体が楽しいという雰囲気を感じるのだ。

カウル付きの400が欲しくてNInjaを買い、今度は四発に乗りたくてGSXを買った。性格がまるで違うこの2台を持っていればもう十分と思うのだが、それでも気になるGSR。人生は無い物ねだりの無間地獄か。

2017年10月5日木曜日

三歩進んで二歩下がる

石膏モチーフ。白を描くというのは恐ろしく難しい。円柱の質感が出ない。果物が石膏ではなくて本物の果物っぽく見えてきてしまう。
そうやってあちこちいじるから影の辻褄もあっていない。とりあえず、完成度30%というところか。今日学んだこと。

1:足す(線を足す、色を乗せる)だけでなく、引くという作業もバランスよく入れる
  こと。三歩進んで二歩下がる。これの繰り返し。

2:エッジの回り込みの部分は濃くするのはご法度。グレーのバリューを丁寧に使う。
  白と黒の使い分けは基本中の基本。これにグレーのバリューをどれだけ使えるかで
  絵のクオリティは決まる。

自分で見て現状のいいところと悪いところ。

全体に石膏モチーフの感じが伝わってこない。エッジを丁寧に書き込んでいこう。円柱の右側の形が少し崩れているので、まっすぐ整えること。
洋梨の立体感がまるでない。これは全面書き直し。りんごとレモンは細かい仕事をしてあげればなんとかなりそう。「引く作業」から始めてみよう。
モチーフの配置はいい。遠近感も悪くない。もう少しバリューを引いて空気遠近法を意識したらよくなる。

頑張りましょう。

2017年10月2日月曜日

一富士二鷹三茄子

「首都圏ツーリングプラン」を使って高速道路を伝い歩きというか伝い走りしてきた。
中央道で府中から河口湖まで、河口湖から富士山付近までは139号経由1号で箱根まで。

よく考えたら、帰りは東名を使わないとお得ではなかったのだ。ナビ通りに小田原厚木道路経由で帰ってきてしまったが、ここはツーリングプランの対象ではない。ケチな性分なので、こういう余分な出費に気づくと悔しい。もう少し言うと、富士山から箱根まで行くのにちゃんとルートを自分で作れば東名高速を使えたはずなのだ。方向音痴ゆえに自分で地図を見ることは諦めたのだが、これは考え直さなければいけない。

気を取り直して。
富士山付近は日中でも20度を下回るくらい。風に揺れるすすき、薄い雲とライトブルーになってしまった空。すっかり秋ですね。冷えた空気が美味しい。体も冷えたので、大好きな道の駅朝霧で熱々の豚汁を頂きました。580円でたっぷりの豚汁に小鉢、美味しいご飯。レストハウスを出たところで富士山の頂きが顔を見せていたので、道の駅横の道路を少し上がっていいポジションを確保して愛車とパチリ。
GSX-S1000Fの特徴的な鷹のような顔つきと合わせて、一富士二鷹。豚汁定食の小鉢はナスの煮浸しだったので、これと合わせて一富士二鷹三茄子。正月でないとご利益ないのかな?この数年、あまりいい流れではないのだけど、今日の偶然がドライバーになって好転しますように。

2017年9月28日木曜日

ビフォーアフター

パンの続き。とりあえずこれで終了とする。布手前のふくらみと影の関係と見え方が明らかに不自然。

でも、実際にはこう見えてしまうのだよなあ。写真の露出と同じで、中央重点測光あるいは部分測光でここだけ見るから全体バランスが取れなくなるのだろうか。
今日学んだこと。影を描くのでなく、床を描く。この表現では後からわからなくなりそうだが。影が床と溶け込むというか。
単体のモノはそこそこ描けるようになったが、素材感が異なるモノを1つの画面で描くにはまだまだかかりそう。チャレンジあるのみ。

2017年9月26日火曜日

パン

パンが好きだ。お米より好きとかそういう比較論ではなく、絶対的に好きなのだ。
食パンも好きだし、フランスパンも好き。惣菜パンもおやつパンも好きだ。
ドイツ系の硬いパンは小学生の頃までは好きではなかった。小学4年生で生まれて初めて食べた時、酸っぱくて腐っているのではないかと思った。このパンを食べさせてくれた友人の家は恐ろしく広くて、庭でダムを作って遊ぶことができたくらいだっだ。40年以上前にドイツパンを普通に食べていたこと、家の広さ、そしておやつの豪華さからすると相当な裕福な家庭だったのだと思う。
我が家は暖房器具すら満足なものがないという貧乏さだったのだが、当時は貧乏という概念を自分の中に持っていなかったのは幸せなことだと思う。中学に進学してからは貧富の差というものをいやというほど思い知ることになるのだが、まあこれは思い出さないことにするのが幸せだろう。

閑話休題。パン。食べるのは良いのだが、描くのがこんなにも難しいものだとは思わなかった。これで3時間ほどかけたところ。
白いテーブル、白い布。そしてフランスパン。固有色のベースをどこに持ってくるかで色を変えなくてはいけないのはわかるのだが、パンを色濃くしないと成立しないのがとても難しい。奥行きとか重なった感は出たと思うけど、下のパンの形が狂ってる・・・あと2時間かけて上がりに持って行こうと思うが、どうなることやら。

パンは食べるもの。描くには10年早いということですね。

2017年9月12日火曜日

すずめのお宿

都内某所にて。おそらく廃業した米屋さんなのだろうが、ストックされているお米をすずめに還元しているようで、彼らにとっての食堂になっている。
彼らも大変マナーがよく、食事台やお店に一つのフンもない。うちのウッドデッキもすずめ食堂にしているけど、確かにフンはしない。子供が間違えてすることがあっても、成鳥は絶対しない。人との接し方をわかっているんだね。
すずめはとても頭がいい。この写真を撮る前、目の前にすずめが二羽ほど降りてきた。通り過ぎてきたところにパン屋があるので、多分、そこから出てきた人にねだればパンを分けてもらえると知ったのだろう。私もまんまと引っかかってパンを買いに戻り、お裾分けをした。
そこから10メートルくらい先にこのすずめ食堂があった訳で、彼らも米に飽きたらパンを買わせるという行動を発明したのだと思う。さすがだ。

2017年9月11日月曜日

22℃の奥多摩

宵っ張りの生活が続いているせいか、早朝はどうもシャキッとしない。
今日も7時前には目覚めていたのだが、バイクに乗るのが楽しみ!というモードに入らない。こういう時は無理して乗らない方がいい。
二度寝して、午後からサクッと奥多摩へ。奥多摩街道は至る所で金木犀の香り。秋ですね。和やかなスピードで奥多摩湖へ。
夏の色とはやっぱり違う。空は秋コーデ、山はまだ夏コーデという感じか。あと2週間くらいするとさらに涼しくなって走りやすくなるけど、車が増えるので走りにくい。土日は安全運転というのではなく、「下手でカーブのつど歩くくらいのスピード、写真取りたいところで安全確認しないで停まる人」ばかりになるので、こんな奴らの被害者にはなりたくない。
それにしても奥多摩周辺はゆっくりと休憩できるところが少ない。いや、場所はあるのだけどどうしたことかヤンキー親子、走り屋がたむろしているところばかりというか。箱根や道志みちも車やバイク好きが多くいるけど、こんな時代錯誤な雰囲気ではない。何でしょうね、これ。
なので、周遊道路沿いでは売店や大きな駐車場は避けている。好きなのはここ。

ソロツーリングやタンデムツーリングの人がゆっくり休むところという感じで、走り屋はここはパスしてくれるのがありがたい。
やはり類は友を呼ぶということか。

2017年9月6日水曜日

タイムスリップ

母校。懐かしの・・・

・・・と言いたいが、神保町と御茶ノ水を行き来したり、習い事で週1は通ったりするので懐かしさはあまり感じない。山の上ホテルも30年前から変わらぬ佇まい。懐かしさは感じないと言ったものの、校舎に入って廊下やドア、机を見るといきなり懐かしさを感じる。校舎がタイムマシンの入り口になっているという感じ。

学生の頃はこの10号館でサークルのゼミをやることが多かった。部室になんとなく集合してからだらだら話をしながらこの坂を下ったものだ。
雀荘に行くときも必ずこの坂を下った。ここを左折して錦華公園横の坂を下り、竹馬という店か、もう一軒、名前を忘れてしまったが終電ギリギリまで粘ったものだ。

サークルのゼミは記憶にあるのだけど、授業やゼミの記憶は全くない。ゼミは全く馴染めなくて数回で出るのをやめてしまったし(卒論なしだったから、先生の匙加減次第で単位が貰えたということだったと思う。今考えると一体どういうカリキュラムだったのか)、授業も大教室で参加意識を持ちにくかった。

願わくば、当時にタイムスリップしてちゃんとした学生生活をやってみたいものだと思う。

2017年9月3日日曜日

侘びと寂び

奥多摩にミニツーリングに行った。山はまだ夏の色を残していたけど、風は秋色。
涼しいと疲れなくていいですね。

奥多摩ツーリングで買うものは決まっていて、へそまんじゅうかわさび漬け。名物と呼べるのはこれくらいなのではなかろうか。観光というか、散策したりBBQしたりする場所なので、名物が生まれる余地がないというか、あまり商売っ気がないのは正解なのだと思う。
今日はわさび漬けを買った。山城屋さん。完全無添加でないのが残念なのだけど、まずまず美味しい。いかにも観光客相手ですよ、というような店構えでないところも良い。
Ninjaはこういう落ち着いた雰囲気にもすっと溶け込むね。
そういえば、わさびって「わび」も「さび」も入っていると気づいた。Ninjaのグリーンは実はわさびメタリックで、その心は侘びと寂びなのかもしれない。

2017年9月2日土曜日

夏と秋の境目

久しぶりに自転車に乗った。家の中で埃をかぶっていたので、フレームを綺麗にしてシフターに注油、ショックユニットにもエアを充填。もう2年近く乗っていないのに、ショックユニットはまだエア圧を十分に残していた。FOXユニットは素晴らしい。あ、フロントはマグラに変えていたんだっけ。
近所をぐるっと回っただけだけど、体力が落ちているのを実感。
坂道は上がれなくなってるし、ホッピングやフロントリフトも全然できなくなっている。筋力の衰えを感じる。でも、まあ楽しい。これから自転車も少しずつ復活させようと思う。

あれほど暑かった夏もいつのまにか秋の気配。夏と秋が季節を引き継ぐところは空と田んぼのあるところだとわかった。
空はまだ夏なのに、手前の稲穂と里山は秋の佇まい。稲穂が黄色から黄金色に変わる頃、空模様も秋に着替えるのだろう。

定番だけどモダン

安藤百福発明記念館にて。
かの人の偉大さや分厚い人生についてはよく知られた話だが、生み出された製品のデザインやその変遷についてはさほど知られていない。
歴代の各商品のパッケージをじっくり見てきたが、容器の機能、意匠、ロゴもやはり素晴らしいものでした。カップヌードルのロゴも時代時代で微妙に変わっていて、これには驚いた。ヒット商品だからとあぐらをかくことなく、時代の空気を読んだ、あるいはリードするデザインとアップデートをきっちりしている。
宣伝も先端メディアや今のソーシャルに相当するであろう繁華街やテレビを使ってやっている。これらも全て含めてカップヌードルというブランドなのだと改めて思った。

カップヌードル以外でもヒット商品はたくさんあるけど、自分が見たこともなかったというのがこれ。
スパゲニー。イタリア製西部劇がマカロニウェスタンとか言われて人気があった時代というところで作られたのだろうか。なかなかいいデザインだと思う。文字色もイタリアンカラー3色で補色関係で用いている。
定番を少しだけアレンジするというのがモダンに見せるコツなのかもしれない。

2017年9月1日金曜日

ヒューリスティクス

8月最後の今日もしとしとと雨でした。東京ではなんと27日も雨が記録されたとか。
なんだかそういう気がしないのだが、でも自宅のNetatmo雨量計のログを見たら17日雨の記録があった。通り雨くらいだと記録されないから、こんなものなのでしょう。
人間の記憶とか印象の持ち方なんであんまり正確じゃないということだ。

今日の昼間は芝公園付近にいた。おなじみの東京タワー。展望台の上をトリミングしたものだが、この下を記憶を呼び起こして描いてみてください。
形はいいです。高さ感とか大きさ感を問うものなので。
正解は・・・・
この写真だと「足元」が写ってないから少々わかりにくいけど。多分、もっと高いと思ってる人が多いのではないかと思う。私もこの写真を撮るときに、随分小さい(背が低い)と思った。
東京人ならおなじみの東京タワーの大きさすら人は正確にイメージできないのだ。ものを正確に見るだけでなく、正確に覚える能力も欲しいところ。これは絵を描くにも仕事をするにも共通だ。


2017年8月31日木曜日

透明を色で表現するのは難しい。多分、「自分の表現の公式」ができるまでは見え方=こう見えるはずというロジックと実際の環境光での見え方の間で揺すられ続けるのだと思う。

そう考えると怖い。やっぱりアートもサイエンスも若い頃に身につけておくのが得策だと思う。今日覚えたこと。
・色鉛筆は中間色を揃えるべし。セットものは色が強いので、微妙な表現に限度がある。
・固有色に関わらず、明暗はしっかりつけるべき。そうでないと「グレー」な絵になる。
・色を乗せるときは、固有色の補色でシャドー部分を塗る。ファンデーションだね。
・鉛筆は押し付けるのでなく、紙の凸凹を潰すように丁寧に。筆圧を強めるのではない。

1年後くらいにこの写真見て、ブログから消したくなるくらいになってるといいけど。

2017年8月30日水曜日

夜の帳

都会は空が狭い。夜の帳も当然の事ながらなかなか見ることができない。
地面からだと、こんな感じ。帰宅途中に車の薄明るいライトや切れかけた電柱の灯でも見えればまだ情緒はあるけど、LED化された今ではなんだかヘタなコンピューターグラフィックのような光景。

2017年8月28日月曜日

開いてる時に見えなくて閉まっている時見えるもの、なーんだ?

シャッター看板もそうだけど、実は本の装丁もそうだと気づいた。本を読んでいる=開けている=時は見えないのだから。
写真は下北沢、早朝6時30分すぎ。店の宣伝になるかどうかはわからないけど、下北沢への帰属意識というか、街を自分のカラーにしたいという心意気は伝わってくる。いいね。

2017年8月27日日曜日

穴場

都内の某博物館の屋上が好きだ。東京の空を独り占めしている気分に浸れる。
遠くに車や電車の走る音をかすかに感じながら、本を読んだり仕事のアイデアを出したり。自宅のウッドデッキの何十倍もある空間。いつまでもなくならないで欲しい。

2017年8月26日土曜日

情報量が少ない方がいい

パソコンの中の写真を整理していて見つけた1枚。母校の白黒写真。
ちょっとアングルが違うけど、カラーだとこれ。
カラーだと現在の風景として見えるのだけど、白黒だと通っていた30年前の風景が広がってくる。ハイキーなせいか、夏休み前後の風景がありありと蘇ってくる。実際に撮影したのは3月なのに。
不思議なことに、当時持っていたカバン、ブックバンドまで鮮明に思い出せる。ここで受けいてた社会学の授業の後によく食べていたマリンランチの味まで。
情報量が少ないから、脳内で補完しようとして、ここで記憶のインデックスが呼ばれるから色々思い出すのかな。時間が経ってからみる写真は実は白黒の方がいいのかもしれない。頭使うのでボケ防止にもなるかもしれないし(笑)。

駄目UI

テレビのリモコン、駅構内の案内表示と並ぶ駄目UIは・・・・そう、エレベーターのボタンです。閉めると開けるがわかりにくいというのもあるけど、それ以前に階数で表示するボタンがプリセットされているというのがおかしい。
入口が二階にあるケースだってあるだろうし、人は階数で判断するのでなく、目的で判断するというのを設計者は本当に知らないのだろうと思う。
それと、ボタンの形も全て丸で意味づけをしていない。ここまでくるともはや伝統工芸だと思う。日本製のものはUIを一切考えないというのを売りにすべきなんじゃなかろうか。

2017年8月25日金曜日

だから心に残る

渋谷にて。
鎧を着たビル、あるいはスペースシャトルの耐熱タイルの黒い部分みたいなビル。
何か特別な機能があるのかは知らないが、まあ目には付く。このアングルだと谷の下から少し仰ぎ見る形になるので、余計に印象的である。

紙の上で図面引いたのではなく、現地に実際に立ってパース作ったのだろうなあ、というのが容易に想像できる。最近のビルはデザインのためのデザイン、あるいは誰にも文句言われないように機能だけのデザインになっているのが多いと感じる。
こういう一見無駄なようで、でも考えさせるデザインはいいですね。機能とは全く関係しないデザインがあるというのも覚えておこう。

わからないことがわからないことがわからない(無限ループ)

人がわかっているというレベルを知ることはできない(答えが一つしかない、あるいは選択肢が少ない場合はそれを答えられたことでその設定レベルにあるということがわかるが)。 同じく、自分がわかっている(あるいはわかっていない)というレベルを人にわからせることもできない。逆もまた真なり。...