2017年9月3日日曜日

侘びと寂び

奥多摩にミニツーリングに行った。山はまだ夏の色を残していたけど、風は秋色。
涼しいと疲れなくていいですね。

奥多摩ツーリングで買うものは決まっていて、へそまんじゅうかわさび漬け。名物と呼べるのはこれくらいなのではなかろうか。観光というか、散策したりBBQしたりする場所なので、名物が生まれる余地がないというか、あまり商売っ気がないのは正解なのだと思う。
今日はわさび漬けを買った。山城屋さん。完全無添加でないのが残念なのだけど、まずまず美味しい。いかにも観光客相手ですよ、というような店構えでないところも良い。
Ninjaはこういう落ち着いた雰囲気にもすっと溶け込むね。
そういえば、わさびって「わび」も「さび」も入っていると気づいた。Ninjaのグリーンは実はわさびメタリックで、その心は侘びと寂びなのかもしれない。

2017年9月2日土曜日

夏と秋の境目

久しぶりに自転車に乗った。家の中で埃をかぶっていたので、フレームを綺麗にしてシフターに注油、ショックユニットにもエアを充填。もう2年近く乗っていないのに、ショックユニットはまだエア圧を十分に残していた。FOXユニットは素晴らしい。あ、フロントはマグラに変えていたんだっけ。
近所をぐるっと回っただけだけど、体力が落ちているのを実感。
坂道は上がれなくなってるし、ホッピングやフロントリフトも全然できなくなっている。筋力の衰えを感じる。でも、まあ楽しい。これから自転車も少しずつ復活させようと思う。

あれほど暑かった夏もいつのまにか秋の気配。夏と秋が季節を引き継ぐところは空と田んぼのあるところだとわかった。
空はまだ夏なのに、手前の稲穂と里山は秋の佇まい。稲穂が黄色から黄金色に変わる頃、空模様も秋に着替えるのだろう。

定番だけどモダン

安藤百福発明記念館にて。
かの人の偉大さや分厚い人生についてはよく知られた話だが、生み出された製品のデザインやその変遷についてはさほど知られていない。
歴代の各商品のパッケージをじっくり見てきたが、容器の機能、意匠、ロゴもやはり素晴らしいものでした。カップヌードルのロゴも時代時代で微妙に変わっていて、これには驚いた。ヒット商品だからとあぐらをかくことなく、時代の空気を読んだ、あるいはリードするデザインとアップデートをきっちりしている。
宣伝も先端メディアや今のソーシャルに相当するであろう繁華街やテレビを使ってやっている。これらも全て含めてカップヌードルというブランドなのだと改めて思った。

カップヌードル以外でもヒット商品はたくさんあるけど、自分が見たこともなかったというのがこれ。
スパゲニー。イタリア製西部劇がマカロニウェスタンとか言われて人気があった時代というところで作られたのだろうか。なかなかいいデザインだと思う。文字色もイタリアンカラー3色で補色関係で用いている。
定番を少しだけアレンジするというのがモダンに見せるコツなのかもしれない。

2017年9月1日金曜日

ヒューリスティクス

8月最後の今日もしとしとと雨でした。東京ではなんと27日も雨が記録されたとか。
なんだかそういう気がしないのだが、でも自宅のNetatmo雨量計のログを見たら17日雨の記録があった。通り雨くらいだと記録されないから、こんなものなのでしょう。
人間の記憶とか印象の持ち方なんであんまり正確じゃないということだ。

今日の昼間は芝公園付近にいた。おなじみの東京タワー。展望台の上をトリミングしたものだが、この下を記憶を呼び起こして描いてみてください。
形はいいです。高さ感とか大きさ感を問うものなので。
正解は・・・・
この写真だと「足元」が写ってないから少々わかりにくいけど。多分、もっと高いと思ってる人が多いのではないかと思う。私もこの写真を撮るときに、随分小さい(背が低い)と思った。
東京人ならおなじみの東京タワーの大きさすら人は正確にイメージできないのだ。ものを正確に見るだけでなく、正確に覚える能力も欲しいところ。これは絵を描くにも仕事をするにも共通だ。


2017年8月31日木曜日

透明を色で表現するのは難しい。多分、「自分の表現の公式」ができるまでは見え方=こう見えるはずというロジックと実際の環境光での見え方の間で揺すられ続けるのだと思う。

そう考えると怖い。やっぱりアートもサイエンスも若い頃に身につけておくのが得策だと思う。今日覚えたこと。
・色鉛筆は中間色を揃えるべし。セットものは色が強いので、微妙な表現に限度がある。
・固有色に関わらず、明暗はしっかりつけるべき。そうでないと「グレー」な絵になる。
・色を乗せるときは、固有色の補色でシャドー部分を塗る。ファンデーションだね。
・鉛筆は押し付けるのでなく、紙の凸凹を潰すように丁寧に。筆圧を強めるのではない。

1年後くらいにこの写真見て、ブログから消したくなるくらいになってるといいけど。

2017年8月30日水曜日

夜の帳

都会は空が狭い。夜の帳も当然の事ながらなかなか見ることができない。
地面からだと、こんな感じ。帰宅途中に車の薄明るいライトや切れかけた電柱の灯でも見えればまだ情緒はあるけど、LED化された今ではなんだかヘタなコンピューターグラフィックのような光景。

2017年8月28日月曜日

開いてる時に見えなくて閉まっている時見えるもの、なーんだ?

シャッター看板もそうだけど、実は本の装丁もそうだと気づいた。本を読んでいる=開けている=時は見えないのだから。
写真は下北沢、早朝6時30分すぎ。店の宣伝になるかどうかはわからないけど、下北沢への帰属意識というか、街を自分のカラーにしたいという心意気は伝わってくる。いいね。

2017年8月27日日曜日

穴場

都内の某博物館の屋上が好きだ。東京の空を独り占めしている気分に浸れる。
遠くに車や電車の走る音をかすかに感じながら、本を読んだり仕事のアイデアを出したり。自宅のウッドデッキの何十倍もある空間。いつまでもなくならないで欲しい。

2017年8月26日土曜日

情報量が少ない方がいい

パソコンの中の写真を整理していて見つけた1枚。母校の白黒写真。
ちょっとアングルが違うけど、カラーだとこれ。
カラーだと現在の風景として見えるのだけど、白黒だと通っていた30年前の風景が広がってくる。ハイキーなせいか、夏休み前後の風景がありありと蘇ってくる。実際に撮影したのは3月なのに。
不思議なことに、当時持っていたカバン、ブックバンドまで鮮明に思い出せる。ここで受けいてた社会学の授業の後によく食べていたマリンランチの味まで。
情報量が少ないから、脳内で補完しようとして、ここで記憶のインデックスが呼ばれるから色々思い出すのかな。時間が経ってからみる写真は実は白黒の方がいいのかもしれない。頭使うのでボケ防止にもなるかもしれないし(笑)。

駄目UI

テレビのリモコン、駅構内の案内表示と並ぶ駄目UIは・・・・そう、エレベーターのボタンです。閉めると開けるがわかりにくいというのもあるけど、それ以前に階数で表示するボタンがプリセットされているというのがおかしい。
入口が二階にあるケースだってあるだろうし、人は階数で判断するのでなく、目的で判断するというのを設計者は本当に知らないのだろうと思う。
それと、ボタンの形も全て丸で意味づけをしていない。ここまでくるともはや伝統工芸だと思う。日本製のものはUIを一切考えないというのを売りにすべきなんじゃなかろうか。

2017年8月25日金曜日

だから心に残る

渋谷にて。
鎧を着たビル、あるいはスペースシャトルの耐熱タイルの黒い部分みたいなビル。
何か特別な機能があるのかは知らないが、まあ目には付く。このアングルだと谷の下から少し仰ぎ見る形になるので、余計に印象的である。

紙の上で図面引いたのではなく、現地に実際に立ってパース作ったのだろうなあ、というのが容易に想像できる。最近のビルはデザインのためのデザイン、あるいは誰にも文句言われないように機能だけのデザインになっているのが多いと感じる。
こういう一見無駄なようで、でも考えさせるデザインはいいですね。機能とは全く関係しないデザインがあるというのも覚えておこう。

わからないことがわからないことがわからない(無限ループ)

人がわかっているというレベルを知ることはできない(答えが一つしかない、あるいは選択肢が少ない場合はそれを答えられたことでその設定レベルにあるということがわかるが)。 同じく、自分がわかっている(あるいはわかっていない)というレベルを人にわからせることもできない。逆もまた真なり。...